
【 HatmanDPSオーディオ民生機器モデル製作へ向けて】
第37話 没入感の感とは
特に日本人はリアルを求めすぎちゃう傾向にあるように思えて、決して「リアル=没入」ではなく、むしろリアリティにこそ没入する要素が揃っているというお話をしました。
夢中になれる要素ってそこなんじゃないかなと思うのです。
なのでHatmanDPSではリアリティを追究することで没入のトリガーになる部分を喚起させるような音色とそれが作動する音場空間を作っています。
ところでいまデジタル技術の分野では「イマーシブ」というのが始まっています。
イマーシブはもっと人の感覚に沿うもの、というイメージらしく「没入感」と表現されたりしています。
でね、ちょっと、ずっと疑問だったことを投げ掛けてもいいですかね。
「没入」に加えて「感」です。
これね、○○的な、と同系統の茶濁し属性を帯びてませんかね。
「本格的に始めようと思います」と同じ気持ち悪さに思いません?(笑)
あ、決してイマーシブを否定しているわけではないですよ。
映画館やオーディオのイマーシブ音響の技術はこれからどんどん延びていく面白くて素晴らしいものです。
まだまだ駆け出しの将来性のある技術とのことなので楽しみに期待してるデジタル分野のひとつです。
そっちじゃなくて、気になるのはそれを「没入感」と言っちゃうほうです。
「感」を付けちゃうってことは「まるで没入したかのような雰囲気の」とか「今にも没入に至るかのようなほどの」みたいなニュアンスでしょ。
「没入します」でいいんじゃないの?って思うのは僕だけなんでしょうか。
あれですかね、臨場感とかと同じ感覚で使うとそうなんですかね。
臨場感だと、まるでその場に居合わせるかのような、だから正解なんですよ。
没入感は、、?
「没入を感じる」のと「没入感がある」はずいぶん状況が違う現象のように思えてならないのです。
ニポンゴムツカスィデスネィ。
つづく!