
【 HatmanDPSオーディオ民生機器モデル製作へ向けて】
第42話 正しく測るとは
欲しい情報を受け取るときや何かしら分析解析を必要とするものと向き合うときなどには、意識的に自分の得意とする次元アンテナを選んで働かせることをします。
状況把握や状態認識の観点から考えるとそこにあるのは「個々の解釈だけ」で、起きている事象は同じでもどの部分を拾い上げて何を感じて、どう判断してどう反応するか、行動に移すか、は個人次第なんですね。
それが細分化された五感の次元群に長けている人は他の人には見えていないものが見えたりするんですよ。
いわゆる「察する」というやつですよね。
「空気を読む」もその類なんじゃないかなと。
それみたいにして、自分の持つ次元アンテナの効用で様々な状況や状態を察する、それが「予感」として自分の道をサポートしてくれるんですよね。
それのすごいやつが「預言」だったりするわけでしょ。
現代の科学やコンピューター解析でもわからない地球や宇宙のあれこれがまだまだたくさんあるのに、なんでもかんでも今の瞬間の常識とされているものだけが正解で正義であるみたいな風潮にはあまり賛同できません。
「音は正しく測れているのに、結果のようには聴こえない」と言われていることがあります。
それって測った部分は正しく数値化したりして見て取れても、本来の本質部分を測ってはいないんでしょ、と思うんですよね。
そもそも聴こえる感じるには沿わない部分の側面の物理現象を読み取るためだけの測定をしているに過ぎないんじゃないかなと。
聴こえる感じる様子を見るのに、鼓膜に届く位置での電気信号波形の測定値が取れたら同じことを示す、わけがない。
それに何の意味もないとは言いませんが、そうは聴こえないのであれば測定したものとは違う側面の要素で変動している部分のほうが聴こえ方や感じ方に影響を与えているんだろうなということくらい容易に想像はできるはず。
いくら測定機器や解析の精度が向上しても、そもそもの測っているところが的外れだったらエビデンスの欠片にもならないと思うのです。
そこだけで考察をするのはあまりにも煩雑だなと。
ただね、それはHatmanDPSの響かせかたの概念外だけで考えたら、もしかしたらそうなっちゃうのかもしれないな、とふと気付きまして。
それこそが次元違いってことなのかもしれないなと。
どちらがエライとかではなく。
つづく!